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東京地方裁判所 平成3年(ワ)6078号 判決

スイス国

ウェルシェンロール 四七一六

原告

グインツィンガーブロス リミテッドテクノスウォッチ カンパニーウェルシェンロール

右代表者社長

高木恒雄

右訴訟代理人弁護士

喜田村洋一

東京都中野区新井一丁目二六番六号

被告

株式会社テクノスジャパン

右代表者代表取締役

瀧邦夫

右同所

被告

テクノスジャパン販売株式会社

右代表者代表取締役

瀧邦夫

東京都東久留米市八幡町二丁目五番一四号

被告

テクノスジャパン株式会社

右代表者代表取締役

瀧邦夫

右被告ら訴訟代理入弁護士

矢田次男

増田亨

主文

一  被告株式会社テクノスジャパンは、「株式会社テクノスジャパン」の商号を使用してはならない。

二  被告株式会社テクノスジャパンは、東京法務局昭和五六年一二月一一日受付をもってした被告株式会社テクノスジャパンの設立登記中、「株式会社テクノスジャパン」の商号の抹消登記手続をせよ。

三  被告テクノスジャパン販売株式会社は、「テクノスジャパン販売株式会社」の商号を使用してはならない。

四  被告テクノスジャパン販売株式会社は、東京法務局昭和六〇年一〇月一七日受付をもってした被告テクノスジャパン販売株式会社の設立登記中、「テクノスジャパン販売株式会社」の商号の抹消登記手続をせよ。

五  被告テクノスジャパン株式会社は、「テクノスジャパン株式会社」の商号を使用してはならない。

六  被告テクノスジャパン株式会社は、東京法務局昭和六一年六月一三日受付をもってした被告テクノスジャパン株式会社の設立登記中、「テクノスジャパン株式会社」の商号の抹消登記手続をせよ。

七  被告らは、原告に対し、連帯して金一五〇万円及びこれに対する被告株式会社テクノスジャパン及び被告テクノスジャパン販売株式会社については平成三年五月三〇日から、被告テクノスジャパン株式会社については同年五月三一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

八  原告のその余の請求を棄却する。

九  訴訟費用は、これを四分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文七項の「金一五〇万円」を「金七〇〇万円」とするほかは、主文一ないし七項と同旨。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告らに対し、不正競争防止法一条一項一号、二号の規定に基づき、被告らの商号の使用の差止及び同商号登記の抹消登記手続、並びに、同法一条の二、民法七〇九条に基づき、被告らの行為により原告の信用が毀損され名声が稀釈されたとして五〇〇万円、弁護士費用として二〇〇万円の合計七〇〇万円の損害賠償請求及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、スイス国法人であり、主として腕時計を製造販売している会社であり、日本においても腕時計を販売している。

2  被告株式会社テクノスジャパンは、昭和五六年一二月一一日に設立された日本法人であり、電子機器のハードウエア及びソフトウエア並びに周辺機器の開発業務等を主たる目的とする会社である。

3  被告テクノスジャパン販売株式会社は、昭和六〇年一〇月一七日に設立された日本法人であり、コンピュータのハードウエア及びソフトウエアの販売、輸出入を主たる目的とする会社である。

4  被告テクノスジャパン株式会社は、昭和六一年六月一三日に設立された日本法人であり、電子機器の製造、販売を主たる目的とする会社である。

5  被告三社は、代表者を同じくする関連会社であり、被告株式会社テクノスジャパンがコンピュータ用ゲームソフトの開発に従事し、被告テクノスジャパン株式会社がこのためのIC基板を製造し、また、被告テクノスジャパン販売株式会社が右コンピュータ用ゲームソフトを販売している。

二  争点

1  原告の「テクノス」の表示は、原告の商品表示及び営業表示として、日本国内において周知であるか。

2  被告三社の商号の使用により、被告三社の営業が原告の親子会社ないし系列会社の営業であるとの混同が生じているか。

第三  判断

一  争点1について

1  証拠(証人小野寺及び後記括弧内の各証拠)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和二七年ころから、日本において平和堂時計店(後に平和堂貿易株式会社(以下「平和堂貿易」という。))を総代理店として腕時計を販売している。平和堂貿易は、特に昭和四四年ころから原告の腕時計の広告宣伝活動を活発に行っており、例えば、同年から始めたテクノス・ウオルサム人気コンテストは、テクノスとウオルサムの腕時計各数点の中から消費者が好みの時計を葉書に記載して応募し、抽選で右腕時計を応募者にプレゼントするキャンペーンであるが、約一〇年位継続され、その後もタイトルを変えて五年位継続されたが、その応募者は、当初の五年間は、毎年約四〇〇万人前後にものぼり、その後も常時一〇〇万人を越え、これによって、原告のテクノスの商標がわが国の消費者に広く知られるようになった。また、平和堂貿易は、右のキャンペーン以外にも、朝日、毎日、読売などの新聞、週刊誌及びテレビのコマーシャル、及び、全国の多数の小売店における看板や広告を通じて、原告の「テクノス」及び「TECHNOS」の商標を広く日本国内において広告宣伝してきた。(甲一、二、四ないし一八二)

平和堂貿易が、原告の右商標の広告宣伝に要した費用は、昭和五五年の二億九二〇〇万円をピークに、その後年間七〇〇〇万ないし八〇〇〇万円前後の年が多かったが、平成二年、三年には、「テクノス・シルバーダイヤモンド・コレクション」のタイトルの下に、腕時計、装飾品、文具などの商品の販売キャンペーンを新たに開始し、新聞、雑誌等に積極的に同コレクションの広告宣伝をしてきたため、広告宣伝費が年間約一億五〇〇〇万円に増加している。(甲一八三、一八五ないし二三六)

(二) 原告の腕時計等の製品の日本における販売高は、昭和五七年以前の分については、平和堂貿易が当時取り扱っていた他のメーカーの商品と輻湊しているため、明確な数字が判明していないが、昭和五四年、五五年ころがピークで年間約三二億円位であり、外国製輸入時計のなかでも、三、四位程度の実績があった。原告の腕時計等の製品の販売高は、その後減少してはいるものの、昭和五八年から平成元年ころまでは、年間六億ないし八億円程度を維持しており、平成二年、三年ころは、年間五億円前後である。(甲一八四、二三六)

(三) 原告の製品の売上高は、前記のとおり昭和五四年、五五年ころがピークであり、その後減少しているが、日本経済新聞社が平成三年二月に行なった「腕時計に関するアンケート」の結果によれば、「テクノス」は、海外の腕時計メーカーとしては、七九・六%の知名度であり、テクノスを知っていると答えた人が一〇〇人中七九・六人いることになるが、これは、海外の腕時計メーカーとしては、オメガ、ロレックス、ダンヒル、ラドー、ロンジン、グッチ、カルティエに次いで八番目に位置するものであり、また、テクノスの広告を見たことがあるという広告接触度も三八・六%でグッチを除く右の各社に次いで七番目である。(甲三)

(四) 以上によれば、「テクノス」は、原告の商品表示及び原告の営業表示として、わが国において周知であると認めるのが相当である。

被告らは、「時計業界は、既に衰退しつつあり、また、原告は、最近五年間はテレビにおける宣伝をしていないことからすると、原告のテクノスの表示が一度著名になったことがあったとしても、その後の業界及び原告の衰退により著名性が失われている。日本国内の一般人のほとんどは、テクノスだけでは、それがスイスの時計メーカーであることに気付かないはずである。」と主張するが、前記認定のとおり、原告は、平成二年、三年においても、その売上高が減少しているとはいえ、年間五億円の売上高を維持し、広告宣伝費を年間一億五〇〇〇万円費やして、新たな商品販売キャンペーンを展開していること、及び、日本経済新聞社が平成三年二月に行なった「腕時計に関するアンケート」の結果によれば、「テクノス」は、海外の腕時計メーカーとしては、依然として七九・六%の知名度を維持していることからすれば、原告の「テクノス」の商品表示及び営業表示は、昭和四五年から同五六年ころまでの間にわが国において、かなり著名な表示となっていたため、その後売上高や広告宣伝費が減少してはいるものの、現在においても、依然としてわが国において商品表示及び営業表示としての周知性を維持しているというべきである。

また、被告らは、「テクノスの用語は、「テクノ」という技術を意味する語の単なる複数形にすぎないもので、「ソニー」「ヤシカ」等と異なり、原告が特別に考案した造語ではない。すなわち、テクノスの用語は、わが国において、「多数の技術」「技術の集約」という意味で一般的に用いられており、それ故、技術を重視して事業展開している多数の会社が、その商号の中にテクノスの用語を採用している。」と主張するが、テクノスがわが国において用いられている一般的な用語であることを認めるに足りる証拠はない。なお、証拠(乙二ないし二五、七四ないし八六、九五、九六)によれば、全国で約三五前後の企業がテクノスの用語をその商号の全部ないし一部に用いていることが認められるものの、証拠(証人小野寺)によれば、原告は、本訴において初めて右の事実を知ったものであり、現在その対策を検討中であることが認められ、また、わが国には、全国で見ると極めて多数の企業が存在しているのであるから、その中の僅かの企業の商号の全部又は一部にテクノスの用語が使用されているからといって、直ちにテクノスがわが国において用いられている一般的な用語であると認めることは相当ではなく、したがって、右認定事実によっても、前記に認定した「テクノス」の商品表示及び営業表示としての周知性を否定することはできない。

二  争点2について

1  類似性について

被告らの商号「株式会社テクノスジャパン」「テクノスジャパン販売株式会社」「テクノスジャパン株式会社」は、「株式会社」「ジャパン」「販売」の部分を除いた「テクノス」の部分がその要部であることは明らかであり、したがって、被告らの右各商号は、原告の周知表示である「テクノス」に類似しているものということができる。

2  混同のおそれについて

(一) 証拠(証人小野寺)によれば、次の事実が認められる。

(1) 時計は、現在では、内部の装置及び外部の液晶表示などに電子機器が使用されている。そして、電卓メーカーで有名なカシオが腕時計も製造販売しており、腕時計で著名なセイコーの関連会社であるセイコーエプソンがパーソナルコンピュータを製造していることからも明らかなように、腕時計と電子機器ないしはコンピュータとは、密接に関連する分野となってきているため、コンピュータと密接に関連するテレビゲームやコンピュータ用ゲームソフトと腕時計とは、業務分野として関連性を有するに至っている。

(2) 平和堂貿易は、原告の製品を販売している全国の小売店から被告らと原告との関係についての問い合せが毎月三、四件あったため、全国に一三店舗ある平和堂貿易の営業所に原告と被告らとは無関係である旨の通知を出したが、その後も、小売店から被告らについての右問い合せが継続した。

(二) 前記一認定の事実並びに右二1及び2(一)認定の事実によれば、被告らがその商号を使用してコンピュータ用ゲームソフトを製造販売することは、これが、原告ないし原告の関連会社が製造販売する商品であり、また、原告ないし原告の関連会社による営業活動であると混同されるおそれがあるものと認めるのが相当である。

被告らは、「(1)被告らのコンピュータ用ゲームソフトの顧客層は、中学、高校生等の若年層が中心であり、高級時計の顧客層とは歴然と異なっている、(2)コンピュータ用ゲームソフトは、ソフトの中身がどのようなものであるかが重要であり、その商標は重要ではない、(3)被告ら三社は、年商約五〇億円の実績を有するテレビゲーム業界の有力企業であり、主観的にも客観的にも原告の信用にただ乗りしてはいない、(4)テクノスを含む多数の商標は、特許庁において「他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標」(商標法四条一項一五号)ではないと判断されたため、原告以外の者を権利者として商標登録されている。」旨主張するが、(1)については、被告らの製品の購買層は、小、中、高校生が中心であり、大学生から二〇代の会社員位まで広がっているが、原告の腕時計の購買層は、一八才くらいの若いサラリーマンから六〇才位までの人であり(証人松坂、小野寺)、その購買層は、一部において重なっており、購買層が歴然と異なっているということはできないし、また、(2)については、コンピュータ用ゲームソフトにおいて、ソフトの中身が重要であるとしても、他の分野の製品においても、商品の品質、内容が重要であるということと特段の差異があると認めることはできず、コンピュータ用ゲームソフトについても、どこのメーカーのものであるかが、商品の品質、内容等の商品の信用に影響を与えるものであることを否定することはできない。更に、(3)については、証拠(乙四一ないし四三)によれば、被告ら三社の売上高が、被告ら主張の水準にあることは認められるが、原告の「テクノス」の表示が周知であり、原告の右周知表示と被告らの各商号とが類似し、原告の商品と被告らの商品とが関連する業務分野にある以上、右事実によっても、原告の商品及び営業活動と被告らの商品及び営業活動とが広義の意味で混同されるおそれがあることを否定することはできない。更にまた、(4)については、証拠(乙二六及び三八の各一・二)によれば、被告株式会社テクノスジャパンが、指定商品を業務用テレビゲーム機その他又は録画済み磁気テープ、録画済み磁気円盤として、「TECHNOSJAPANCORP.」の商標権を取得していることが認められるが、証拠(乙二七ないし三〇の各一・二、三二の一・二、三四ないし四〇の各一・二)によれば、各種の商品分野で「TECHNOS」又は「テクノス」の商標権を多数取得しているのは、平和堂貿易又はその親会社である平和堂株式会社であることが認められ、平和堂貿易は、前記のとおり、原告の日本における総代理店として原告の腕時計の販売及び広告宣伝活動をなしてきたものであり、また、その後、原告を買収し、現在、原告の資本出資者となっており、原告と極めて密接な関係を有していること(証人小野寺)からすると、被告株式会社テクノスジャパンが前記商標について商標権を取得したとの一事をもって、混同のおそれについての前記認定判断を左右するのは相当ではない。

三  以上によれば、原告は、被告らがその商号を使用してコンピュータ用ゲームソフトを製造販売することにより営業上の利益を害されるおそれがあると認めるのが相当である。よって、原告の被告らに対する商号の使用差止請求及び商号の抹消登記請求は、理由がある。

四  損害賠償請求について

1  原告の「テクノス」の表示が周知であることからすると、被告らは、過失により前記商号を使用してその商品を製造販売し、その営業を行ったものと認めるのが相当である。

2  原告が被告らの行為により、その信用を毀損され名声を稀釈化されたことを認めるに足りる証拠はない。

本件に認定した諸事情に照せば、被告らの本件行為と相当因果関係に立つ弁護士費用は、一五〇万円と認めるのが相当である。

五  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 一宮和夫 裁判官 設樂隆一 裁判官 足立謙三)

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